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日本美術の至宝めぐり

2013.06.13.20:04

第10回博物館巡りは、日本への里帰りコレクション「ボストン美術館」見学でした。第一章「仏のかたち神のすがた」のキャプションはわかりやすく、展示内容の理解をさそうものであった。第二章から第四章の絵巻・近世絵画には日本美術の完成が感じられ、アメリカのみならず、世界に通じる要素を持つと実感しました。そして第五章 南宋の画家陳容に倣ったと記される「雲龍図」変幻自在で神秘的な龍の姿を描いた34歳の曽我蕭白の心はいったい何に対峙していたのだろうか・・と考えてしまいました。
その後、四天王寺伽藍を一巡後仏舎利塔へあがり、広い境内を実感しました。極楽浄土のお庭で、記念写真を撮りました。    天の川
山陵会ボストン美術館 002
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大阪歴博「幽霊・妖怪画大全集」観てきました

2013.06.08.18:51

 6/9までの展示期間も最終盤に近づき、週末ということもあって、かなりの混雑ぶりだった。
こちら(大阪・京都あたりで)で浮世絵展を観る機会が少ない中で、今回は、幕末~明治にかけての歌川国芳門下の、奇々怪々な浮世絵作品がタップリと観られたという印象が強い。
 歌川国芳を始め、兄弟子にあたる歌川国貞、国芳の弟子の月岡芳年、河鍋暁斎らの作品がずらりと並び、円山応挙の美人幽霊図や伊藤若冲の<かわいらしい>妖怪図がひと際存在感を示していた。
 国芳は、幕末期、幕府の規制をたくみに潜り抜け、持ち前の機知と進取の気性をフル回転し、その小気味よさは大衆の期待に次々に応え、時代の寵児といわれた浮世絵師である。当時の世相や国芳の気性を配慮してか、キャプションも茶目っけたっぷりで、おどろおどろしい作品説明も、ユ-モアあふれる軽妙な表現に仕上げており、その効果的な味付けぶりには感心させられた(スタッフさんお見事です)。
 国芳作品の中では、怪奇・幻想描写では「相馬の古内裏」、「嵌(は)め絵」では「みかけはこはいがとんだいいひとだ」、風刺絵では「源頼光公館土蜘蛛作妖怪図」が印象に残る作品だった。
 弟子の月岡芳年も師匠ゆずりの斬新なグラフィック・センスはみごたえがあり、特に襦袢に象徴される「緋」の鮮やかさが目に焼きついた。
 芳年の青年期を過ごした幕末は、血ぬられた攘夷と維新の時代であり、その流血と死のイメ-ジから精神を病んだ時期があったと聞く。 (今回、残念ながら残酷場面を描く「無残絵」作品なるものには出会えなかったが)芳年の描く「無残絵」は、実は、人の「無情さ」や「哀れさ」を描いたものではないかと思う。
 今回の特別展、国芳ファミリ-の浮世絵作品ばかりではなく、「幽霊図十二幅対」や「百鬼夜行図」「百物語」などテ-マ通り幽霊・妖怪画が勢ぞろいしており、館スタッフの出展作品のまとまりのある収集ぶりに、十分充足感をもらえた特別展であった。
                       2013.6.8 hiropon

文化財 現状模造と復元模造のなかで(25年度文化財ボランティア講座より)

2013.06.07.15:02

昨日は、寂光院のご本尊様など国宝・重文の修復作業に40年間関わってこられ、その後高野山で修業の後、真言教師として活躍されておられる松永忠興氏のお話を聞きました。
「阿修羅立像」の修復では、色鮮やかな朱色の像に復元して納入した時に、文化庁の方から「古色」をつけるように言われたが、何とか納得してもらい現在のものとして残ったのが、真っ赤な阿修羅像です。実は、国宝の仏像の修理は「現状維持」が原則であった。後々のために模造制作することもあるが、制作された当時の彩色を施したのち、古色をつける現状維持が原則である。松永氏は真っ赤な阿修羅を造り、運び込みました。言われた通りのことをやるのも技術ですが、仏師としての昔の色の復元も大切と考えたからです。「この模造阿修羅像の彩色こそが造られた当初、天平の姿である」と・・・皆様はどのように感じられたでしょうか・私は、本来の製作当初の姿がみたいです。   天の川
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